過去に一度、それなりに大所帯のブラスバンドで指揮をしたことがある。

そのときの僕は、曲が終わっても一小節振ってしまうくらい舞い上がっていた。

ただ覚えているのは、音やリズムが一振りで変化していくことと、
そこにいる全員の行動が僕の一振りに預けられたという事実。

責任の重さと、その面白みは、過去に覚えた何よりも快感となり、刻まれている。

そこで思ったのが、レコーディングとミキシングだった。

被写体の本性を録り、その音楽の表情を自由に定義付ける。
この行為に、最高の芸術性と快感を覚えた。

ぶっちゃけ、よっぽど特徴の強い音楽をされない限り、
エンジニアの手にかかれば、どんな音楽にも聴かせることが出来ると思う。

作曲家はもちろん、プロデューサーとか責任の所在とかどがえしで、
エンジニアは、音の出口をすべて握っていると言っても過言じゃない。
最終経路を作っているのはエンジニアなのだ。
これほど興奮する事実はない。

ここにこだわることを忘れた時、その音楽は即興の鼻歌と大差ないと言えよう。

日本のエンジニアは、どんなチャチな環境や、高品位な環境でも、同等に鳴るようにと工夫を凝らしている。
そして、演奏者の表現を一分も逃さぬよう、その収録と保存に神経を尖らせている。

楽器を作る職人が、良く鳴るように工夫するように、
指揮者が、最高のバランスをと調整し、その曲の芸術性を表現するように、
エンジニアは、媒体にアートを詰め込む。

ここに、僕の感動の元が生まれる。

人に、届いた瞬間、僕の感動が生まれる。